横浜地方裁判所 平成8年(行ウ)49号 判決 1999年7月14日
原告
株式会社ツーエス(X1)
右代表者代表取締役
大西仁七郎
同
鈴木清
原告
有限会社マリイ(X4)
右代表者代表取締役
鈴木清
原告
株式会社大西製袋(X2)
右代表者代表取締役
大西仁七郎
原告
株式会社グラフイック・オー・エヌ(X3)
(旧商号 株式会社シモザワ)
右代表者代表取締役
大西大助
右原告ら訴訟代理人弁護士
原田敬三
同
山根晃
被告
川崎市(Y)
右代表者市長
髙橋清
右訴訟代理人弁護士
石津廣司
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第三 当裁判所の判断
一 本件代執行に至る経緯
本件においては、本件代執行の違法の有無のほか、本件代執行に至る過程の権利変換手続等に瑕疵があったか否かが争われているので、まず、本件代執行に至る経緯について概観することとする。
1 前記争いのない事実及び〔証拠略〕によれば、以下の事実が認められる。
(一) 都市計画の決定等
本件事業については、前記第二の一2のとおり、昭和六三年八月一六日都市計画決定がされ、平成三年一一月二八日事業計画決定がされ、その後、平成四年九月二二日都市計画変更決定がされ、これに伴い同年一二月一八日事業計画変更決定がされた。
(二) 物件調書の作成
被告は、平成三年一二月一〇日、法六八条一項(物件調書の作成)に基づき、次のとおり本件建物の物件調書(〔証拠略〕)を作成し、平成四年四月までに、本件建物の所有者である入口康次及び入口喜久江の署名押印及び本件建物の借家人である原告ツーエスの共同代表取締役鈴木の記名押印を得た。
記
土地所有者 石川 正
東日本旅客鉄道株式会社
建物所有者 入口康次 持分二分の一
入口喜久江 持分二分の一
借家権者 原告ツーエス
借家面積 七九・三三平方メートル
(三) 借家権消滅等に関する合意手続
原告ツーエスは、当初鈴木が一人で経営していたが、大西に資金援助を仰いだことから、平成元年七月以後大西を代表取締役に迎え、共同代表取締役制度を採用した。しかし、大西は、埼玉県入間市に本社がある原告大西製袋の経営に当たっていたため、原告ツーエスの経営は鈴木に任せ、その代表者印も鈴木に保管させていた。
川崎市溝口駅周辺再開発事務所職員(以下「市担当者」という。)は、平成三年一二月一三日、鈴木と面会し、本件事実の進め方等について相談した。席上、市担当者は、原告ツーエスが鈴木と大西の共同代表取締役制度を採用しているため、今後の交渉の進め方について尋ねるとともに、本件事業が借家権を消滅させ、その代償として再開発ビルについて借家権者に優先的に分譲、賃貸をする方法を採用している旨説明し、借家権消滅希望申出書の提出を求めた。これに対し、鈴木は、川崎市との交渉については自分が任されている旨、また、再開発事業により建築される施設建築物に借家権の取得を希望しない旨の借家権消滅希望申出書を後日提出する旨回答した。その後、鈴木は、平成三年一二月二四日、原告ツーエスの記名押印をしたもので代表者名の記載のない「借家権消滅希望申出書」(〔証拠略〕)を提出した。
そこで、市担当者は、原告ツーエスから借家権消滅希望申出が出されたものと判断し、原告ツーエスの借家権消滅に伴う補償価格を積算するため、不動産鑑定士に鑑定を依頼したところ、四六〇四万六〇〇〇円の鑑定結果が得られたため、平成四年一〇月一三日、本件建物の所有者である入口康次及び入口喜久江に右の鑑定結果を伝え、同年一一月二〇日右両名の同意を得た。次いで、市担当者は同年一二月一〇日右鑑定結果を鈴木に伝えたところ、鈴木は、平成五年一月一〇日ころ右借家権価格を了承し、原告ツーエス(代表取締役鈴水清名)及び所有権者入口らの連名による「借家権価格に関する合意申出書」(〔証拠略〕)を提出した。
(四) 権利変換計画案の縦覧
そこで、被告は、権利変換計画案を策定し、これを平成五年一月二七日から同年二月九日までの間、川崎市溝口駅周辺再開発事務所及び川崎市都市整備局開発部再開発課において公衆の縦覧に供した。右の権利変換計画案においては、原告ツーエスには施設建築物における借家権は与えられない旨、また、原告ツーエスの借家権価格は四六〇四万六〇〇〇円である旨が記載されていた。大西は平成五年一月二八日、鈴木は同月二九日、それぞれ縦覧に係る権利変換計画案を閲覧したが、原告ツーエスからは、縦覧期間中に提出すべき法八三条二項所定の意見書は提出されなかった。
その後、大西は、平成五年二月二〇日、「本作事業の権利変換に伴う折衝に拘わる権限を委任する」旨の鈴木からの委任状(〔証拠略〕)を持参して市担当者を訪れ、「これまでは鈴木に再開発の交渉を任せてきたが、今後ツーエスの話は自分が出る」、「本件建物に入るのに鈴木に四億円を渡し、賃借人の名古屋を立ち退かせたり、建物を改修したり、立会人に手数料を払ったりしたので、補償金をもっと出してほしい」などと述べて、法九一条所定の補償の増額を要求するに至った。これに対し、市担当者は、申出の内容は原告ツーエスが本件建物に入居する際の事情であり、権利変換計画とは無関係であるとして、大西の要求には応じかねる旨回答した。その後、原告ツーエスから被告に対し、共同代表取締役鈴木及び大西の連名で、被告提示の補償額は低額に過ぎ、この価格では到底他に移転することができないので、補償金として五億円を求める旨の平成五年五月三一日付け要求書(〔証拠略〕)が提出された。これに対し、市担当者は、鈴木と大西に対し、要求には応じられないので縦覧に供された権利変換計画案記載の金額で了解してほしい旨説明した。その後、平成五年七月二〇日、原告ツーエス代表取締役鈴木清名で補償金額を四六〇四万六〇〇〇円とする「権利変換計画同意書」(〔証拠略〕)が提出された。
(五) 権利変換処分
そこで、被告は、権利変換計画案を確定させた上、平成五年九月二一日、神奈川県知事に対し、権利変換計画の認可申請をし、同年一〇月一九日、同知事から権利変換計画の認可(〔証拠略〕)を受け、同日、右権利変換計画を公告した。そして、被告は、同年一一月八日、原告ツーエスに対し、右の権利変換計画に基づき、権利変換期日を同年一二月三日とする権利変換処分をした。
(六) 法九一条補償の提供
平成五年一一月一〇日、市担当者は、鈴木及び大西と面談し、法九一条所定の補償金を支払いたい旨述べ、支出命令書に押印するよう求めた。これに対し、大西は、支払がいつになるかを尋ね、支払関係書類は鈴木に渡しておいてほしい旨述べた。そこで、市担当者が支払関係書類を鈴木に交付したところ、鈴木は、同月一二日、代表取締役印を押した支出命令書を市担当者に持参した。そこで、被告は、同年一二月二日、法九一条所定の補償金として四六〇四万六〇〇〇円及びこれに対する利息相当額三七三万一六一八円の合計四九七七万七六一八円を原告ツーエスの銀行口座に振り込んだ。鈴木は、同月七日、右金員を大西が代表取締役となっている原告大西製袋の銀行口座に送金した。大西は、後日この銀行口座から四九七七万七六一八円を下ろしたが、それから約二年後の平成八年一月一七日、借家権価格の合意申出書が正規に作成されておらず、補償金を受領する権限がない旨を供託原因として、代表取締役として鈴木及び大西を連記した原告ツーエス名義の供託書(〔証拠略〕)をもって横浜地方法務局川崎支局に四九七七万七六一八円を供託した。
(七) 明渡請求通知
被告は、平成六年四月二九日到達の書面をもって、法九六条一項に基づき、原告ツーエスに対し明渡期限を同年五月三一日とする本件建物明渡請求通知を行った。しかし、原告ツーエスは、保証金の額に不満を述べ、明渡期限に至っても本件建物を明け渡さなかった。市担当者は、鈴木が、再開発ビルの上層階で一〇〇坪はもらいたいなどと要求するため、鈴木と大西に対し、原告ツーエスの場合、施設建築物に借家権が移行するわけではないので、法九一条及び九七条の補償金を元に施設建築物の一部について優先分譲を受けるか優先賃貸を受けるかする方法で考えてほしいなどと説明した。市担当者は、これらの交渉の過程で、本件建物に原告ツーエス以外の占有者がいると認められたため、平成七年一〇月一二日、鈴木、大西、大西サワヱ、大西洋子及び大西八重子立会いの下、本件建物の占有状態を調査したところ、原告マリイを除くその余の原告らが本件建物を占有していることの確認を得たが、原告マリイについてはその確認を得ることができなかった。
その後、被告は、平成七年一一月二七日、原告ツーエスに対し、法九六条二項に基づき、改めて明渡期限を平成八年一月一〇日とする明渡請求通知をした。右明渡請求通知は宛所に尋ねあたらずとして返送されたため、被告は、平成七年一二月一日、再度明渡請求通知を発送し、右通知は同月二日原告ツーエスに到達した。また、被告は、同年一一月二八日到達の書面をもって原告大西製袋及び原告シモザワに対し、法九六条二頂に基づき、明渡期限を平成八年一月一〇日とする明渡請求の通知を行った。
(八) 法九七条補償の提供
被告は、平成八年一月二四日、川崎都市計画事業溝口駅北口地区市街地再開発審査会の議決を経て、法九七条所定の補償を原告ツーエスについては四九七一万六七三七円、原告大西製袋については一二万四九三三円及び原告シモザワについては一二万四九三三円と決定した。そこで、被告は、平成八年二月八日、原告ツーエスに対し、法九七条所定の補償金四九七一万六七三七円から、玉川税務署長による一三九一万八一八〇円及び川崎市川崎区長による二五四万二〇〇〇円の差押え及び取立て(被告を第三債務者とするもの)に係る金額を控除した残額三三二五万六五五七円を支払う旨口頭で通知した。しかし、原告ツーエスは、右補償金の受領を拒絶したため、被告は、右補償金を横浜地方法務局川崎支局に供託する手続を開始したが、同日、原告ツーエスの代理人弁護士から被告に対し、川崎市川崎区徴税吏員の差押通知書に表示された損失補償請求全額に誤りがあるとの連絡があったので、川崎市川崎区徴税吏員は、直ちに前にした差押えを解除し、同時に被告を第三債務者として原告ツーエスの法九七条に基づく損失補償請求権のうち二五四万二〇〇〇円を再度差し押さえ、これを取り立てた。そこで、被告は、同月九日、原告ツーエスを被供託者として、法九七条に基づく損失補償金三三二五万六五五七円を横浜地方法務局川崎支局に供託した。
また、被告は、平成八年二月八日午後一時二〇分、原告大西製袋及び原告シモザワに対し、法九七条所定の補償金各一二万四九三三円を支払う旨口頭で通知した。しかし、原告大西製袋及び原告シモザワが右補償金の受領を拒絶したため、被告は、同月九日、右原告らを被供託者として、法九七条に基づく損失補償金各一二万四九三三円を横浜地方法務局川崎支局に供託した。
(九) 本件代執行
原告マリイを除くその余の原告らが前記(七)の明渡請求通知に記載された明渡期限である平成八年一月一〇日を経過しても本件建物を明け渡さないため、被告は、同年二月一四日、法第九八条二項及び法一三七条に基づく本件建物明渡しの代執行を川崎市長に請求した。
川崎市長は同年二月二六日戒告書を原告マリイを除く原告らに送付し、右戒告書は同月二七日右原告らに到達した。次いで、川崎市長は、同年四月三日右原告らに対し代執行令書を送付し、右代執行令書は同月四日右原告らに到達した。そこで、川崎市長は、同月一〇日、本件建物の明渡しの代執行をした。
2 以上のとおり認められ、甲三二(鈴木の陳述書)、甲三三、三七(大西の陳述書)並びに原告ツーエス代表者大西仁七郎及び同鈴木清の供述中、右1の認定に反する部分は、前掲各証拠に照らし、たやすく採用することができない。なお、大西は、右1(四)と異なり権利変換計画案の縦覧に立ち会っていないと供述するが、乙一三(縦覧名簿)には、「大西」の署名があり、この署名は大西の宣誓書の署名と酷似している上、〔証拠略〕によれば、市担当者の三森重信は、大西が家族の者と一緒に縦覧会場に来ているのを現認していることが認められるから、この点の大西の供述は採用することができない。また、大西は、平成五年一二月七日、原告大西製袋の銀行口座に送金された四九七七万七六一八円につき、鈴木から、家主の入口から支払われたものと説明されており、被告からの補償金とは思っていなかったと供述するが、〔証拠略〕によれば、市担当者は、同年一一月一〇日、大西に対し、法九一条の補償金を支払う旨説明していることが認められる(テーマが客観的な事項であり内容が手続の自然な流れに沿うことに照らすと、信用性を肯定することができる。)から、この点の大西の供述も採用することができない。
二 争点1(原告ツーエスによる借家権消滅希望の申出の有無)について
1 都市再開発事業において、事業の施行地区内に存在する宅地、建築物、借地権、借家権、抵当権、地役権等の権利は、権利変換計画に従い、新しく建築される施設建築物及びその敷地に関する権利に変換し、若しくは移行し、又は消滅して金銭補償に変わることになる(法八七条、九一条。権利変換手続)。権利変換計画は、災害を防止し、衛生を向上し、その他居住条件を改善するとともに、施設建築物及び施設建築敷地の合理的利用を図るように定めなければならず、また、関係権利者間の利害の衡平に十分考慮を払って定めなければならない(七四条)。
これを施行地区内の建築物の借家権について見ると、権利変換処分が行われると、借家権は消滅し、借家権者はこれに代えて従前の家主が与えられる施設建築物の一部に借家権を与えられ、仮に従前の家主が権利の変換を希望しないときには、施設建築物は施行者に帰属し、その一部に借家権が与えられる(七七条五項)。
他方、事業計画の決定等の公告があったときは、施行地区内の建築物の借家権者又は転借家権者は、この公告から三〇日の期間内に施設建築物の一部について、借家権の取得を希望しない旨を申し出ることができ(七一条三項)、その場合におけるこれらの者に対しては、施行者は、補償として、事業計画の決定等の公告のあった日から三〇日の期間を経過した日(評価基準日)における近傍類似の土地、近傍同種の建築物又は近傍類似の土地若しくは近傍同種の建築物に関する同種の権利の取引価格等を考慮して定める相当の価額及びこれに対する評価基準日から権利変換期日までの年六パーセントの割合により算定した利息相当額を付した金額を権利変換期日までに支払わなければならない(九一条一項)。
したがって、施行地区内の建築物について借家権を有する者は、原則として、施設建築物について借家権を取得することになるが、借家権の取得を希望しない旨を評価基準日までに申し出た場合には、それに代えて補償金の提供を受けることになる。本件において、市担当者が原告ツーエスの鈴木から借家権消滅希望申出書(〔証拠略〕)を徴したのは、その効果の点は別途検討するが、その趣旨は正にこの申出を徴収したということである。
2 ところで、都市再開発事業の施行地区内の建物の借家権者が実際は借家権の消滅を希望していないのにこれを希望しているかのように、施行者において事実を歪曲しあるいは過失により事実の認識を誤り、借家権の消滅を前提とした権利変換処分を行ったところ、借家権者がこれに不服で建物の明渡しに応じないため、施行者が建物明渡しの代執行をしたという場合には、借家権の存否を故意又は過失により誤って施行者の権利変換処分は、国家賠償法上の違法行為に当たり、それと因果関係のある結果について損害賠償責任を生じさせるものと解するのが相当である。そして、都市再開発事業における権利変換処分と建物明渡しの代執行とは、ともに都市再開発事業の完成を目指すものであり、その意味では密接に関連しているといえることをも踏まえると、右の違法行為があるとされる場合には、借家権の消滅のみならず明渡しの代執行による借家権者の被害についても、権利変換行為と因果関係がある限り、施行者の責任が生じ得ると解するのが相当である。
被告は、「権利変換処分等と代執行手続における処分とは別個独立した処分であって、権利変換処分等が違法であっても、代執行の違法までもたらすものではない。原告らは、権利変換通知に対し、何らの不服申立てもしていないから、これを違法ということはできない。」と主張するが、このような場合に必ずしも先行の行政処分(右の例でいえば、借家権の消滅を前提とした権利変換処分)の取消しがなくても国家賠償法の適用が妨げられるものではない(事案は別であるが、最高裁昭和三六年四月二一日第二小法廷判決・民集一五巻四号八五〇頁)から、右の被告の主張は採用することができない。
3(一) そこで、本件権利変換処分に原告らの主張するような違法があるかどうか、すなわち、本件権利変換処分には、原告ツーエスの共同代表取締役の一人である大西が原告ツーエスの借家権の消滅について合意していないのに、合意しているとしてされた違法があるかどうかについて検討するに、共同代表取締役がその一人に業務全般を委任して会社を代表させること(包括委任)は実質的に単独代表と異ならないから、共同代表制度の趣旨からして許されないが、共同代表制度は共同代表者間の相互の牽制によって代表権の行使が慎重かつ適正に行われることを企図したものであるから、特定の事項につき内部的に意思が合致しているならば、外部的な意思表示のみを他の代表取締役に委任することも許され(最高裁昭和四九年一一月一四日第一小法廷判決・民集二八巻八号一六〇五頁)、また、特定の事項について意思決定の段階で一人の代表取締役に委任し、対外的な意思の表示は受任者だけで行うことも許される(最高裁昭和五四年三月八日第一小法廷判決・民集三三巻二号一八七頁)と解するのが相当である。
(二) これを本件についてみるに、大西は当初は鈴木に川崎市との交渉全般を委任していたものであるところ(一1(三))、右の委任事項はそれ自体特定の事項であって原告ツーエスの業務全般を鈴木に包括委任するものではない。しかも、被告担当者からの説明と大西及び鈴木の連絡(一1(三)(四)及び(二)の後記説示)により、「川崎市との交渉」とはいっても、その内容が、<1>本件事業の施行に伴い、借家権者である原告ツーエスが借家権を希望せずに金銭補償を受けるのか、それとも施設建築物内に借家権を受けるのかというものであること、及び<2>原告ツーエスが借家権を受ける途を選択する場合における補償金額の扱いであることは、大西及び鈴木の両名にとって判明していたところということができる。したがって、原告ツーエスの共同代表取締役の一人である大西は、他の代表取締役である鈴木に対し、右<1><2>の事項について内部的に委任したのであり、かつ、それは、共同代表取締役制度の趣旨に反しないものであるから、これに基づき鈴木が対外的に原告ツーエスの意思を鈴木一人で表示しても、その告示は原告ツーエスの行為として有効であるということができる。
この点に関し、大西は、物件調書(平成四年付けで原告欄の代表取締役は鈴木名だけの記名押印がされているもの。〔証拠略〕)、借家権消滅希望申出書(平成三年一二月二四日付けで原告欄の代表取締役は記載がないもの。〔証拠略〕)、借家権価格に関する合意申出書(平成五年一月付けで原告欄の代表取締役は鈴木名だけの記名押印がされているもの。〔証拠略〕)、権利変換計画同意書(平成五年七月付けで原告欄の代表取締役は鈴木名だけの記名押印がされているもの。〔証拠略〕)は、平成七年一一月一日に初めて被告の担当職員から見せられた旨を記載した陳述書(〔証拠略〕)を提出し、本人尋問において同旨を供述する(原告ツーエス代表者大西尋問調書三八・三九頁)。しかし、仮にそのとおりなら、これらの書類は鈴木が大西に無断で作成していたことになるが、大西は、鈴木にこの作成の経緯を質し、無断処置を抗議してその理由について説明を受けたことがない旨を供述する(同大西尋問調書七三・七四頁)。他方、鈴木は、この点に関し、鈴木が借家権消滅申出書を提出した時点で、借家権を消滅させて、補償金を受領し、必要なら施設建築物(新しい再開発ビル)に優先的に賃貸を受けるという意向であり、その点につき大西も知っていたし、その旨を大西に話してはいた旨供述する(同鈴木尋問調書六一・六二頁)。そうすると、平成七年一一月まで何も知らされていなかったかのごとき旨の大西の前記供述は採用し難いのであり、右の点は、鈴木の右供述のとおり、大谷もある程度知らされ、またある程度は鈴木に任せることとしていたと解するのが相当である。
そうすると、鈴木が、再開発事業により建築される施設建築物に借家権の取得を希望するかどうかに関し平成三年一二月二四日原告ツーエスの記名押印をしたもので共同代表取締役の鈴木及び大西の氏名の記載のない「借家権消滅希望申出書」(〔証拠略〕)をもってしたこれを希望しない旨の意思表示及び平成五年一月一〇日ころ原告ツーエス代表取締役鈴木清名の「借家権価格に関する合意申出書」(〔証拠略〕)をもってした鑑定結果に基づく四六〇四万六〇〇〇円の借家権価格を了承する旨の意思表示は、原告ツーエスのものとして有効というべきである。
(三) 原告らは、大西が原告ツーエスの借家権消滅について合意していない旨を主張するが、前記共同代表取締役制度に関する法理及び右前提事実の存在(大西が鈴木に前記(二)の<1>及び<2>の事項を委任したこと)により、鈴木のした行為は、原告ツーエスの行為として有効と認められるのであり、原告らの右主張は採用することができない。のみならず、現実問題としても、大西は、右の内容の権利変換計画案の縦覧を受けたのに意見書を提出すること(法八三条二項)をしなかった(一1(四))上、平成五年一二月二日被告から法九一条所定の補償金として四六〇四万六〇〇〇円及びこれに対する利息相当額三七三万一六一八円の合計四九七七万七六一八円が原告ツーエスの銀行口座に振り込まれ、鈴木から同月七日右金員が大西が代表取締役となっている原告大西製袋の銀行口座に送金されたところ、大西は、その後直ちにこの銀行口座から四九七七万七六一八円を下ろしている(一1(六)、調査嘱託の結果)から、右の結果を承認していたと認めるのが相当である。
なお、右の補償金受領と前後して、<1>大西が鈴木からの平成五年二月二〇日「本件事業の権利変換に伴う折衝に拘わる権限を委任する」旨の委任状(〔証拠略〕)を持参して市担当者を訪れ、法九一条所定の補償金の増額を要求したこと(一1(四))、<2>平成八年一月に右補償金を受領する権限がない旨を原因として共同代表取締役を連記した原告ツーエス名の供託書をもって供託していること(一1(六))及び<3>明渡しの通知に対し原告ツーエスが補償金額に不満を述べていること(一1(七))が認められるが、右<1>及び<3>は、補償金額の増額を希望することの表明であり、<2>も借家権消滅を希望していなかった旨を直接的に表明したものではないこと、補償金受領から二年以上経過後のことであることを踏まえると、右<1>から<3>の事実は、原告ツーエスが権利変換処分当時借家権消滅を希望していたことをむしろ推認させる事情でもあり、反対に借家権消滅を希望していないことを推認させる証拠ではない。
(四) 以上のとおりであって、原告ツーエスの共同代表取締役の一人である鈴木が大西の個別的委任を受けてした借家権消滅希望申出は、有効になされたというべきである。
なお、仮に鈴木の大西に対する委任の範囲が広過ぎるため鈴木の行為を共同代表取締役の行為として有効ということに疑義を抱くとの見解によった場合であっても、大西が、前記のとおり鈴木からの委任状を提示して補償金の増額を請求したこと、大西が権利変換計画案の縦覧に応じながら何らの意見を提出していないこと、補償金を受領しながらその後二年余の間、供託その他の何らの措置も講じていないことからすると、大西は少なくとも鈴木の行為を追認したと認めることができる。したがって、いずれにしろ、鈴木の借家権消滅申出は原告ツーエスの行為として有効であるというべきである。
三 争点2(本件権利変換計画の認可申請における違法の有無)について
右二に見たとおり、原告ツーエスのした借家権消滅希望申出は有効というべきであるから、これを前提としてされた権利変換計画案の確定に格別の瑕疵はなく、権利変換計画の認可にも違法はないというべきである。したがって、右の認可申請の違法を理由に本件代執行の違法をいう原告らの主張は理由がない。
四 争点3(本件代執行手続の違法の有無)について
原告らは、本件代執行に際し、川崎市長には原告ら代理人に立会いの機会を与えなかった違法があると主張する。しかし、行政代執行法は、代執行を実施するに当たって、関係権利者を立ち会わせなければならない旨の規定を置いていないから、川崎市長が、原告ら代理人に立会いの機会を与えないまま本件代執行手続を進めたとしても、直ちに違法ということはできない。
また、原告らは、本件代執行には、川崎市長が原告らが希望するような目録を作成しなかった違法があると主張する。しかし、行政代執行法には、代執行に当たり搬出動産の目録を作成しなければならない旨定めた規定はないから、川崎市長が原告らが希望するような目録を作成しなかったとしても、これをもって違法ということはできない上、被告は任意に搬出動産目録を作成し、原告らに交付しているから、その措置に違法はない。
さらに、原告らは、本件代執行には、川崎市長が動産撤去の根拠がないのに動産を撤去した違法があると主張する。しかし、建物明渡しの代執行において、代執行権者が建物内の動産を撤去できることは、それが明渡しの代執行である以上当然である上、被告は原告らの所有動産を搬出して別途保管しているから、原告らの主張は理由がない。そして、他に本件代執行手続自体に被告が原告らに対する賠償責任を負うべき事由を認めるに足りる証拠もない。
五 結論
よって、原告らの本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 岡光民雄 裁判官 近藤壽邦 弘中聡浩)